お相撲・力士どっとこむ

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千代翔馬(ちよしょうま)に朝青龍と先代九重親方が惚れた?強いの?

2017/05/30

皆さん、こんにちは。
お相撲さん大好き!管理人の花です。

2017年も5月を迎え、
新緑がまぶしいさわやかな季節となりました。

大相撲ファンの皆さんは、
来たる5月場所の開催を
心ときめかせて待っている頃ではないでしょうか。^^

今年の大相撲は、
初場所、春場所と稀勢の里が連覇を飾り、
次の5月場所での3連覇が期待されていますね。

 

でも、稀勢の里だけではないぞ〜!
俺たち新鋭も忘れるな!
…の心意気で活躍するであろう、
成長著しい若手力士さんも、たくさんいらっしゃいます。

今日はそんな注目の若手力士の一人である、
九重部屋期待のホープ、
千代翔馬関を取り上げてみたいと思います。

千代翔馬は、
先代の九重親方が非常に期待していた
才能あふれる魅力的なお相撲さんです。

今回は、千代翔馬のプロフィール、
朝青龍や先代九重親方との関係、
強さや取り口について調査しました。

どうぞごゆっくりお楽しみくださいね。

もくじ

  1. 千代翔馬のプロフィール
  2. 千代翔馬の大相撲入りは朝青龍がきっかけ?
  3. 千代翔馬は先代九重親方の秘蔵っ子!
  4. 千代翔馬は強いの?取り口は?
  5. おわりに

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千代翔馬のプロフィール!

出典:https://www.msn.com

四股名:千代翔馬 富士雄(ちよしょうま ふじお)
本名:ガンバータル・ムンクサイハン(がんばーたる・むんくさいはん)
生年月日:1991(平成3)年7月20日(25歳 ※2017年5月現在)
出身地:モンゴル国ウランバートル市
身長・体重:183cm・132kg
血液型:不明
所属:九重部屋
得意技:押し・左四つ・寄り・投げ
現在の番付:前頭

モンゴル国ウランバートル市出身の千代翔馬は、
1991年7月20日生まれの25歳。

父親がモンゴル相撲の大関であったため、
子供の頃は柔道や相撲の稽古ばかりに
連れて行かれたそうです。

元横綱・朝青龍の父親と千代翔馬の父親が、
互いに古くからの知り合いだったこともあり、
千代翔馬は次第に大相撲の世界を志すようになります。

モンゴルを視察に訪れた
九重親方(元横綱・千代の富士)に、
入門したら朝青龍に会える」と口説かれ、
九重親方の紹介で高知県の明徳義塾高校へ留学。

その後、高校は2年時に中退し、
2009年7月場所において
「翔馬」の四股名で初土俵を踏みました。

 

入門当初は体重が87kgしかなく、
軽量力士ゆえの苦しみも味わったようですね。

それでもモンゴル相撲の大関として
人気を集めていた父親のことを考えると、
途中で諦めたら恥ずかしいと思い、
相撲に打ち込んだんだそうです。

入門から1年後、
2010年7月場所で三段目に昇進し、
これを機に、先代九重親方により、
「千代翔馬」に改名します。

2011年9月場所で幕下に昇進するも、
三段目と幕下を行き来する状況でしたが、
2012年11月場所から幕下に定着。

幕下に定着するまでは、
同部屋で同学年の千代皇や千代丸に
出世で遅れをとっていることに関して
かなり悔しい思いをしたそうですよ。

でも千代翔馬は、
それをバネにして稽古に励んだそうですから、
なんとも気持ちが強い力士さんですね!

 

入門から6年半がたった
2016年1月場所で、十両へ昇進

新十両会見で千代翔馬は、
「(6年半は)長かった。
本当は入門から4年で昇進が目標だった」と、
これまでの苦悩をにじませるコメントを
されていらしたのが印象的でした。

その後は順調に昇進し、
同年9月場所で見事、新入幕を果たしました

余談ですが、2016年7月31日、
千代翔馬の新十両から新入幕の間に
九重親方が逝去されました。

そのため、部屋付き親方であった
佐ノ山親方(元大関・千代大海)が
14代九重を襲名。

千代翔馬は、
九重部屋が新師匠になってから
初めての入幕力士ということになります。

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千代翔馬の大相撲入りは朝青龍がきっかけ?

モンゴル・ウランバートル出身の千代翔馬が
日本の大相撲に入るきっかけを作ったのは、
あの元横綱・朝青龍なんだそうですね!

モンゴル相撲の大関だった父の影響で、
モンゴル相撲と柔道に熱中していた千代翔馬は、
モンゴル相撲で全国3位に入るほどに成長していました。

当時、横綱として
圧倒的な強さを誇っていた
朝青龍のスカウトにより、
千代翔馬は来日することになります。

朝青龍が同じ一門であった
九重親方(元横綱・千代の富士)にお願いをして、
九重部屋への入門が決まったのだそうです。

 

しかし、日本相撲協会の規定により、
「外国人力士の採用は各部屋一人」
と決められていました。

九重部屋にはその時すでに
外国人力士がいたため、
千代翔馬は高知県の明徳義塾高校に
相撲留学することになります。

ちなみに明徳義塾高校は、
朝青龍の母校でもありますね。

千代翔馬は約1年ほど待った後、
高校を中退し、九重部屋に入門しました。

 

当時現役で活躍していた
元横綱朝青龍の圧倒的な強さは、
日本だけではなく、
相撲人気が高いアジアの国々にも
伝え聞かれていたはず。

ですから、自国モンゴル出身で、
日本の大相撲の頂点に君臨する
朝青龍の影響は大きく、
年端もいかないムンクサイハン少年の心を
かなり刺激したことでしょうね。^^

いつかは自分も朝青龍のようになりたいと、
密かに夢見たのかもしれません。

そんな千代翔馬の決意と心意気は、
朝青龍が引き合わせてくれた
元横綱・千代の富士との出会いで、
現実のものとなって行きます……。

朝青龍もご自身のツイートで、千代翔馬を応援しています。↓

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