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遠藤関の彼女や結婚について!イケメンはタニマチと年収もスゴい!

2017/09/18

こんにちは、お相撲さん大好き!管理人の花です。

先日、いよいよ、2017年大相撲秋場所の番付が発表されましたね。

前人未到の40回目の優勝を目指す横綱・白鵬や、35歳5ヶ月で関脇に昇進し、昭和以降最年長での大関昇進を狙う嘉風が話題に上っています。

そんな中、左足首の怪我で名古屋場所を途中休場し、7月下旬に内視鏡手術を行った遠藤は、東前頭14枚目と大きく番付を下げました。

秋場所の出場について遠藤は、「まだ分からない」と話しており、人気力士は今、大きな試練を迎えていると言えそうです。

さて今回は、遠藤の詳しいプロフィールや彼女・結婚、年収について調査しました。

どうぞごゆっくりお楽しみくださいね。

もくじ

  1. 遠藤関のプロフィール
    1.1 幼少期は泣き虫だった?
    1.2 遠藤と朝青龍との出会い
    1.3 遠藤は教師を目指していた?
  2. 遠藤関に彼女はいるの?
    2.1 遠藤の熱愛の噂について
    2.2 遠藤のタニマチについて
  3. 遠藤関の結婚について
  4. 遠藤関の年収について
  5. おわりに

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遠藤関のプロフィール

出典:http://oitekaze.com/

四股名:遠藤 聖大(えんどう しょうた)
本名:遠藤  聖大(えんどう しょうた)
生年月日:1990(平成2)年10月19日(26歳 ※2017年8月現在)
出身地: 石川県鳳珠郡穴水町
身長・体重:184cm・152kg
血液型:AB型
所属:追手風部屋
得意技:突っ張り・左四つ・寄り
現在の番付:前頭

過去3回に渡る遠藤の記事では、文字数の都合で、プロフィールは略歴のみ記してきました。

でも、略歴には書ききれなかった、面白いエピソードも実はたくさんあったんです!

そこで、今回の記事ではガラリと趣向を変えて、略歴では語れなかったユニークなエピソードを織り込みながら、遠藤のプロフィールを語ってみようと思います♪

幼少期は泣き虫だった?

遠藤は、1990年10月19日、石川県鳳珠郡穴水町生まれ。

今や押しも押されもせぬ、イケメン人気力士として大変有名ですね。

いつも堂々としていて男前なので、小さな頃から何にでも自信をもって堂々と取り組んでいたのでは、とつい考えてしまいますが、意外なことに幼少期は泣き虫だったそうです。

遠藤は小さい頃から体格が良かったので、「デブ」「ブタ」と近所の女の子に言われて、ケンカしてしまうこともありました。

でも、口げんかしても遠藤は負けて、言い返せずに泣いていたくらい、メソメソした子供だったそうです。

前回の記事でも書きましたが、3歳年下の妹の亜美さんにも、チョコレートの取り合いで負かされて泣いていた、というエピソードもありましたね。

遠藤は、体は大きくてもハートは気弱な少年でした。

 

そんな遠藤が相撲と出会ったのは、小学校1年生の時。

父の吉樹さんが「ドライブに行こう」と嘘をついて誘い、連れて行った先は相撲教室でした。

ご両親は、いつも泣いてばかりの遠藤を鍛えたいという気持ちから、半強制的に相撲教室に通わせたそうです。

しかし、地元穴水町の相撲連盟関係者の話によると、遠藤は「稽古ではいつも泣いてばかりいた」とのこと。

人はそう簡単には変われないものですね…。^^;

 

ちなみに、遠藤の母方の祖父は、相撲が強かったそうです。

ご両親が遠藤に相撲を習わせたのも、そのことが理由のひとつでもあったようですね。

どうやら遠藤も、しっかりとその血を受け継いでいる、と感じられるエピソードがあります。

遠藤が相撲教室に通い始めたのは、小学校1年生の5月でしたが、それからわずか半年後の11月の全国大会、小学生1年生の部門で3位になったんです!

さぞかし、たくさん練習したんでしょう!と思いきや、当時の遠藤は大の練習嫌いだったそうですよ。^^;

なので、やはり遠藤には、もともと相撲の素質が備わっていたんでしょうね。

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遠藤と朝青龍との出会い

そんな練習嫌いの遠藤に、小学校6年生の時、ある転機が訪れます。

それは、2002年の大相撲の金沢巡業で、当時大関だった朝青龍に声をかけられたこと。

「おい、相撲好きか?相撲したかったら東京に来いよ。部屋に来いよ」と、遠藤は朝青龍に肩をたたかれながら、誘われたんだそうです!

朝青龍↓
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これをきっかけに、遠藤は朝青龍の相撲を見るようになりました。

それ以前は、相撲を毛嫌いしていたという遠藤ですが、朝青龍の強さとその闘志を目の当たりにして、相撲を面白いと感じるようになり、相撲を好きになっていきました。

そして遠藤は、相撲に本気で取り組むようになります。

遠藤の相撲への情熱に火をつけてくれたのは、朝青龍だったんですね!^^

この金沢巡業の翌年の2003年に、朝青龍は横綱に昇進。

その頃の朝青龍の強さは並大抵じゃなかったですから、遠藤はますます相撲に関心を持つようになっていったのではないかと思われます。

 

小学校卒業後、遠藤は相撲を続けるため、親元を離れて金沢市に転住。

金沢市立西南部中学校を経て、金沢学院東高等学校へと進学し、中高の相撲部では、団体・個人ともに活躍しました。

大学は、日本大学経済学部経済学科に進学します。

日大時代の19歳の頃にも、偶然、飲食店で遠藤は、朝青龍に会ったんだそうです。

その時も朝青龍は、「いい体をしているな。プロに入るのか?頑張れよ」と遠藤に声をかけてくれ、励ましてくれたそうですよ!不思議なご縁ですね。

ちなみに、元横綱・朝青龍のドルゴルスレン・ダグワドルジ氏は、遠藤と初対面した2002年の金沢巡業を今でも覚えているそうで、「いい体していたのが、あの子だったんだな」と、あるスポーツ紙のインタビューの中で語っていらしたことがあります。

元横綱・朝青龍の記憶に残るほど、遠藤は子供の頃から、相撲取りにふさわしい、いい体つきをしていたんでしょうね!*^^*

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遠藤は教師を目指していた?

さて、現在は角界でプロとしてご活躍されている遠藤ですが、かつては高校教師の道も考えており、大学では社会科の教員免許を取得しました

ご両親も遠藤のプロ入りには反対だったらしく、遠藤が教員になることを期待していたそうです。

遠藤は、ご両親の気持ちを汲んで、しっかりと教員免許を取りはしました。

しかし一方で、遠藤ご自身の中では、「自分の力を試したい」という角界入りへの気持ちが強くなっていったそうです。

 

遠藤がその気持ちを表現し、角界入りを決断したきっかけは、大学4年生の時。

全日本相撲選手権大会で優勝(アマチュア横綱)、さらには国体相撲成年個人の部Aで優勝(国体横綱)というダブル優勝を獲得したことでした。

これにより、プロ入り後幕下10枚目で出場できる、幕下10枚目格付出の資格も取得。

この素晴らしい成績を見た監督やコーチなどに、「もったいないから、2年でも3年でもいいからチャレンジしてこい」と後押しされ、遠藤はついに角界入りを決意しました。

当時を振り返って遠藤は、「大会で勝つにつれ、上を目指したくなり、相撲を選んだ」と、2014年6月3日の「徹子の部屋」(テレビ朝日系)ご出演時に語っていらっしゃいましたね。

 

そして遠藤は、2013年2月に追手風部屋に入門し、同年3月場所で初土俵。

複数の部屋からの誘いもあったそうですが、遠藤が追手風部屋に入門したのは、師匠の追手風親方(元幕内大翔山)も日大OBで、しかも鳳珠郡穴水町出身と同郷だったからだとか。

2013年9月場所で、遠藤が史上最速の所要3場所での新入幕を果たすと、ざんばら髪での活躍ぶりで、「遠藤フィーバー」が巻き起こりました。

2017年7月場所が終了した現時点で、幕内成績は156勝161敗28休(23場所)。

これまでに、敢闘賞1回、技能賞1回、金星3個を獲得しています。

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