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稀勢の里の両親(父、母)の出身は?子供時代の性格や昔の画像も!

2017/02/07

こんにちは、お相撲さん大好き!管理人の花です。

横綱昇進伝達式での稀勢の里の口上はお聞きになりましたか?

「横綱の名に恥じぬよう、精進いたします」という極めてシンプルなものでしたね。

ちょっとかんでしまったところも、稀勢の里らしい愛嬌かなと思いましたが、いかがでしょうか。

稀勢の里は、子供の頃からシンプルなことを好む性格だったそうで、それが口上にも表れていると思います。

その一方で、自分の中で消化しきれないことは、受け入れられないという頑固なところもあったようですね。

そこで今回は、稀勢の里の子供時代(小学校、中学校時代)の性格を中心に調査しました。

稀勢の里の昔の画像や、稀勢の里が歌っている動画も載せましたので、どうぞごゆっくりお楽しみくださいね。

もくじ

  1. 稀勢の里のプロフィールと両親(父、母)の出身は?
  2. 稀勢の里の子供時代の性格①〜龍ケ崎ハリケーンズ時代〜
  3. 稀勢の里の子供時代の性格②〜長山中学校野球部時代〜
  4. 稀勢の里の子供時代の性格③〜苦手なものは?〜
  5. おわりに

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稀勢の里のプロフィールとご両親(父、母)の出身は?

出典:http://www.jiji.com/

四股名:稀勢の里 寛(きせのさと ゆたか)
本名:萩原 寛(はぎわら ゆたか)
生年月日:昭和61年7月3日(30歳 ※2017年2月現在)
出身地:茨城県牛久市(出生地は兵庫県芦屋市)
身長・体重:187cm・175kg
血液型:B型
所属:田子ノ浦部屋
得意技:左四つ・寄り・突き
現在の番付:新横綱

☆稀勢の里の詳しいプロフィールは、「稀勢の里の彼女や結婚・嫁取りは?弱い理由はやっぱりメンタル?」をご参照ください。

 

茨城県は、古くは元横綱・常陸山にはじまり、水戸泉や武双山、雅山といった人気力士を輩出している、実は相撲王国なんだそうです。

稀勢の里も茨城出身ですから、それは相撲が強いはずだよね〜…と思いきや、稀勢の里の出生地は兵庫県芦屋市なんですね。

ご両親の出身地も茨城県ではなく、父親の実家は群馬県で、母親の出身は新潟県(新潟市)ということですから、ご一家が茨城県に居住するようになるまでには、いろいろな経緯があったのかもしれません。

(稀勢の里は2歳の時に龍ケ崎市に、中学2年生の時に牛久市に転入しています)

茨城県の地図。赤線を引いてあるところが、牛久市・龍ケ崎市です。↓

出典:https://www.pref.ibaraki.jp

稀勢の里が子供時代を過ごした茨城県牛久市〜龍ケ崎市は、茨城県南部の中でも最も南に位置する地域で、東京都心へのベッドタウンとしての開発がいち早く進んだところです。

1970年代以降は、ニュータウンの造成が進み、多くの人々が転入してきました。

稀勢の里のご一家ももしかしたら、このような流れで転入してきた人たちの一員なのかもしれません。

 

そんなニュータウンで、稀勢の里は子供時代をどのように過ごしたのでしょうか?

稀勢の里は、「よく遊んで、よく食べて、よく寝る」というご両親の教育方針の通りに、運動が大好きな子供で、よく食べ、よく眠り、すくすくと大きく育ちました。

稀勢の里が子供の頃から好きだった食べ物は、母・裕美子さんの出身地、新潟県の郷土料理であるのっぺい汁

中学校3年生で稀勢の里が角界入りしてからも、毎年正月に帰省した際に裕美子さんはのっぺい汁を作ってあげていました。

稀勢の里は、のっぺい汁を夢中で食べて帰るというのが、お正月の恒例だったようです。

のっぺい汁は稀勢の里にとって、おふくろの味なんですね。^^

 

のっぺい汁は、鶏肉やにんじん、里芋、大根、ごぼうなど季節の食材を煮込んで、とろみをつけた汁物。

新潟ではごく当たり前に食べられている家庭料理だそうです。

汁のとろみは片栗粉を用いず、里芋で自然なとろみをつけるのが、新潟ののっぺい汁の特徴なんだそうですよ。

のっぺい汁(新潟県)↓

出典:http://kyoudo-ryouri.com/

お肉やお魚が入っているとはいえ、野菜たっぷりののっぺい汁が大好きという子供は、なかなかめずらしいんではないでしょうか。

稀勢の里は子供の頃から好き嫌いをせず、何でもよく食べたそうですが、それはきっとご両親が食事を大切に考えていたことが大きいと思います。

そのおかげでしょうか、周囲の子どもたちよりひと回りもふた回りも大きく成長した稀勢の里。

「丈夫な体に育ってほしい」とご両親が望んだとおりに育ちました。

やんちゃで活発な子供だったという稀勢の里が子供時代に打ち込んだのは、その頃はまだ相撲ではなく、野球でした。

☆稀勢の里のご両親の教育方針や食事に対するお考えについては、「稀勢の里の父親と母親の職業は?家族は芸術家だった?」をご参照ください。

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稀勢の里の子供時代の性格①〜龍ケ崎ハリケーンズ時代〜

稀勢の里は龍ケ崎市立松葉小学校時代に、少年野球チーム「龍ケ崎ハリケーンズ」に所属していました。

当時チームの監督をされていた岩瀬正和さんが、「あれほど大きな子どもは見たことがない」と語っているほど、稀勢の里は周りの子供たちと比べて、頭一つ以上も背が高く、横幅も大きかったそうです。

バットも中学生用のものを使っていて、軽々と振り回していたそうですね。

岩瀬さんは、稀勢の里のことをやさしい子だったと言っています。

小学校6年生の稀勢の里(前列中央)、岩瀬さん(後列左端)↓

出典:http://www.sankei.com/

また、監督のアドバイスを素直に受け入れて試してみる、そんな素直さも備えていたそうです。

稀勢の里は体が大きいのに運動神経も良かったため、少年野球で重要なポジションであるキャッチャーを任されていました。

打順も4番で、いつもチームの中心にいるような存在だったそうですよ。

当時の愛称はハギちゃん

子供時代の稀勢の里が目に浮かぶような、かわいいニックネームです。

ハギちゃんは本当に野球に夢中だったそうで、岩瀬さんは「どうして相撲界に入ったんだろう(笑)」とおっしゃっていました。^^

稀勢の里の子供時代の性格②〜長山中学校野球部時代〜

中学校に上がっても、稀勢の里は野球部に所属しました。

龍ケ崎市立長山中学校野球部監督だった吉田正人先生によると、稀勢の里は上から投げ下ろす本格派だったとか。

器用さもあり、変化球も投げていて、打者としても長打力・ミート力があったそうです。

短距離走も速く、中学校でも4番打者でエースでした。

驚くのが、この頃の稀勢の里の体の大きさです。

中学3年生の時の体力測定で、身長182cm、体重114kg、握力は右70kg、左63kgだったそうです!

その規格外の体格の大きさに、県内の高校野球の強豪校からスカウトが来たという話もうなずけるなぁと思いました。^^

☆なぜ稀勢の里が野球ではなく角界入りを選んだのかについては、「稀勢の里の彼女や結婚・嫁取りは?弱い理由はやっぱりメンタル?」の記事が参考になります。

 

父・貞彦さんによると、稀勢の里は子供の頃から粘り強く、頑固な一面もあったとのこと。

試合で打てなかった日は、学校だろうが家だろうが、自分が納得するまでバットを振り続け、一度こうと決めたら、執念と言えるまで打ち込むところがあったとおっしゃっていました。

野球の練習にも一切手を抜かず、中学3年の最後の試合まで野球をやりきったそうですよ。

こういうひたむきさと、自分で納得するまでやり遂げるところは、今の稀勢の里の相撲に対する姿勢とまったく変わっていませんね。

稀勢の里の苦手なものは?歌う動画も!次のページへ!

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